浪曲とは、浪曲師と曲師(三味線)の二業に分担され上演する芸能で、節(うたのような部分)と啖呵(セリフ語りのような)を持って喜怒哀楽古今東西様々な物語を語るという、明治期より発展した大衆芸能です。
舞台セットも特殊で、机にこのような布をかけて立って演じております。この布「テーブル掛け」ってそのまんまの名称なのですが、相撲の化粧まわしのようなものでシルクで出来ておりなんと百万円くらいするという…。
江戸時代末期に、浪花伊助という者が祭文、浄瑠璃等を混ぜ合わせて「浮連節」(うかれぶし)と名づけた事に始まります。当初は大道芸の一種であったが、後に寄席、大劇場へと活動の場を広げていき、明治中頃には「浪花節」とその名を知られるようになり、日本の大衆芸能の中心はこの浪花節一点に集まる事となりました。昭和30年代後半よりやや低迷気味となるが、現在又盛り返しつつあります。今をときめく日本の芸能なのです!
なぜ浪花節となったかは実はよくわかっておりません。この浪花節が「浪曲」となったのにも諸説ありますが、寄席より大劇場進出時、文化人から蔑まれてきた浪花節を上品なものにしようと「浪」の字をとり謡曲に対抗して名づけたとか、浪の様な節を使う曲だから浪曲だ!(初•真山一郎談)など…さまざまです。活字として「浪曲」が初めて掲載されたのが大正六年とのことです。
元々古典的な作品でもその上演される時代の価値観に合わせて書かれた物が多いため、あくまでも大衆芸能であり伝統芸能では断じてありません。弟子も師のマネではなく別のやり方をしなければいけないという暗黙のルールがありました。百人いれば百通り、千人いれば千通りのやり方、節があるという醍醐味がありました。
やはりなんといっても浪曲師曲師掛け合いの妙ですね。基本的な節の種類(このあたりは沢村さくら浪曲三味線DVDをご覧ください!)はありますが、この掛け合いこそ同じ演題でも毎回違う新鮮さがあるという、これが浪曲の醍醐味です。
また啖呵の部分もセリフではなく一種の節であると言われています。それこそ一席が大きな浪のようになっている曲。これこそ浪曲なのです!